インクを知る

『ご当地インク』を楽しもう! 〜入門編〜

ご当地インクの写真

インクファンの間で『ご当地インク』と呼ばれ親しまれている、個性的なインクのことをご存知でしょうか? 昨今では実に幅広い種類の『ご当地インク』が販売されていることもあって、その名を一度は耳にしたことがあるかもしれません。

今回は、インク好きならきっと一度は通る道である『ご当地インク』の、奥深い魅力についてご紹介します。

ふじいなおみさんに教えてもらった『ご当地インク』の魅力とは?

『ご当地インク』と一括りに呼んでも、実際にこれまで発売されてきた種類や製品の数は驚くほど多種多様で、その魅力も様々です。一説によると、現在までに1,000種類を超える『ご当地インク』が製造・販売されているのだとか。

とは言え、そもそも『ご当地インク』が一体どのようなインクを指した呼称なのか、未だに曖昧な点も多いため、今回は、日本全国津々浦々で数百種のご当地インクを集め、『ご当地インク』の歴史や経緯に詳しい文具ライターのふじいなおみさんにお話を伺いました。

ーふじいさんは、どのようなきっかけで『ご当地インク』にハマったのでしょうか?

きっかけは2017年頃に患った産後うつでした。育児疲れも相まって塞ぎ込みがちだったのですが、そのタイミングで偶然立ち寄ったホームセンターで色とりどりのインクを見つけて、落ち込んでいた心が、不思議とすごくときめいたんですね。思わず買って帰ったのを今でも鮮明に覚えています。

それ以来、インクに惹かれて自分でも色々調べるようになって、意識的に『ご当地インク』を買うようになったのは伊東屋さんのイベントで、Pentの「歳時記 麗春(ひめけし)」というインクを購入しました。それ以来コツコツと集め続けて、現在、810本ほど所持しています。

ふじいさんのインクノート1
コレクションしたインクはすべて購入した日付や店舗名を忘れずにノートに記載しているふじいさん。
インク愛に溢れた一冊です。
ふじいさんのインクノート2
『ご当地インク』にハマるきっかけになった記念すべき1番のインク。買った日も記録しておくことで、当時のことも鮮明に思い出せるそう。

ーものすごい数ですね。それだけの『ご当地インク』をどのように集められたのでしょうか?

中にはオンラインで購入できるものもありますが、ちょっとした家族旅行の機会などがあれば、事前にチェックして、なるべくお店で買うようにしていました。

というのも、『ご当地インク』は通常販売されている万年筆インクよりも少ないロットで生産される場合が多く、店頭でしか販売していないものもけっこうあるんですよ。

例えば、私は北海道の札幌生まれで、函館の大学に通っていたのですが、学生時代に良く通っていた石田文具さんも後から『ご当地インク』を作っているのだと知って、しばらく経った帰郷の際に、当時のことを思い出しながら買いに行きましたね。

実際にお店まで足を運ぶことができない方は、SNSなどで『ご当地インク』の情報交換をされている方と繋ったり、インク関連のイベントに参加してみるのも良いかもしれません。

私も以前、SNSで関西のインクファンの方と繋がったのをきっかけに、その方とお互いの地域でしか買えない限定の『ご当地インク』を空瓶に入れて交換したりしていました。

買うだけでなく、入手方法は色々あるんですよ。

ー『ご当地インク』を集めることには、どんな魅力がありますか?

『ご当地インク』の多くは、その色が製造された背景に、地域のもの・人・こと・風景や、作り手の想いに根ざした独自のストーリーやエピソードを持っています。

そのため、インクを実際に手にいれるまで、その色についてあれこれ調べたりする時間も、とても楽しいものです。

もちろん実際に集めるのは、時間や手間やお金もかかる大変な作業ですが、そこで出会ったインクや、インクの魅力を分かち合えるファン同士の繋がりは他では変えがたいものなので、そういう一面も『ご当地インク集め』の魅力の一つと言えるかもしれません。

『ご当地インク』の成り立ちと由来

ーそもそもの『ご当地インク』という呼称については諸説あると聞きますが、ふじいさんの見解をお聞かせください。

まず現在、一般的に使われている『ご当地インク』という名称には、大きく分けて、以下の二つの定義があると思います。

一般的に『ご当地インク』とは、この両方、あるいは、どちらかに含まれるインクを指した用語だと考えています。

ー ❶の『店舗オリジナルインク』に代表されるインクとは、どのようなものでしょうか?

『店舗オリジナルインク』は、大手の万年筆インクメーカーではなく、全国各地の文具店がそれぞれ独自に製品のコンセプトを企画し、製造会社に発注し、色やテーマを決定したインクです。

私の知っている限り、国内で初めての『店舗オリジナルインク』は、2006年に北海道札幌の文具店である大丸藤井セントラルが製作・販売した、北海道の四季を4色で表現した「四季」というインクです。この「四季」というインクが、最初の『ご当地インク』でもあると考えています。

大丸藤井セントラルの店内
 北海道札幌で最大級の文具店でもある「大丸藤井セントラル」は、ギャラリーを備えた道内初の大型文具店として、初心者から専門家まで幅広いニーズに応えられるよう、 約20万点のアイテムを取り揃える。

その後、2007年に、兵庫県神戸市に本店を構える文具店の老舗であるナガサワ文具センターが、「Kobe INK物語」というインクの三部作を販売したことで、『店舗オリジナルインク(=ご当地インク)』の存在は、インクファンの間で広く知られるようになりました。

ナガサワ文具センター本店の店内
明治15年の創業以来、一世紀にわたりステーショナリー専門店として親しまれてきた老舗文具店「ナガサワ文具センター本店」。年間120万人の文具ファンが来店し、最近では、手書き文化を伝える「書くもの」「書かれるもの」を中心としたオリジナルアイテムの企画・販売も行っている。
四季の写真
2006年に大丸藤井セントラルが、限定発売の店舗オリジナルインク「四季」を制作・発売。北海道の四季から連想される4つの色がコンセプトになっている。(大丸藤井セントラル「クローバー」「ラベンダー」「もみじ」「みかん」 復刻版 製品提供:ふじいなおみさん所有)
Kobe物語の写真
2007年にナガサワ文具センターから販売された、Kobe INK物語シリーズ。現在でもご当地インクを代表する定番の製品として多くのインクファンに広く親しまれている。(第1集「六甲グリーン」/2007年5月発売、第2集「波止場ブルー」/2007年6月発売、第3集「旧居留地セピア」/2007年7月発売 製品提供:ふじいなおみさん所有)

『ご当地インク』の種類

『ご当地インク』には様々な種類がありますが、入門編となる今回は、『ご当地インク』の中でも特にポピュラーな6つのカテゴリーから、素敵な『ご当地インク』のコレクションをご紹介します。※

ちなみに前述したインクを含め、イーゼルに置かれた色見本カードは、どれもふじいさんの手による自作で、市販の名刺カードの端をマスキングし、メラミンスポンジにインクをつけて塗ったもの。お手軽にムラなくインクの色見本を作れるのでオススメの方法です。

どれも販売店や作り手の想いが込められたインクなので、もし店頭で見かけたり、気になる色があれば、ぜひ手に取ってみてください。(製品提供:すべてふじいなおみさん)

※ 一部販売が終了している製品もございます。ご了承ください。

ご当地インク その① ~飲み物~

販売店舗:三田三昭堂
製品名:墨屋が作った万年筆インク 墨インク「珈琲(コーヒー)」

販売店舗:三田三昭堂
製品名:墨屋が作った万年筆インク 墨インク「珈琲(コーヒー)」


墨のプロフェッショナル「呉竹」と「三田三昭堂」が共同で作った「墨インク珈琲」は、深みのある珈琲色に加えて、心落ち着く珈琲の香りも楽しめる。江戸切子模様のインク瓶もオリジナル。

販売店舗:石丸文行堂
製品名:カラーバーインク No.1「ソルティ・ドッグ」

販売店舗:石丸文行堂
製品名:カラーバーインク No.1「ソルティ・ドッグ」


1883年創業の文房具専門店の老舗「石丸文行堂」が販売している「カラーバーインク」シリーズから、1940年代にイギリスで生まれたカクテルの「ソルティ・ドッグ」を再現したインク。塗り重ねて明るさが変わる華やかなイエローが、気持ちまで明るくしてくれる。

「初期に購入。もともと黄色が好きで、ソルティドッグも当時よく飲んでいた思い出のカクテルでした」(ふじいさん)

ご当地インク その② ~食べ物~

販売店舗:文具の杜(オフィスベンダー)
製品名:オリジナルインク限定色「ずんだ」

販売店舗:文具の杜(オフィスベンダー)
製品名:オリジナルインク限定色「ずんだ」


杜の都として名高い仙台駅前にある文具専門店「文具の杜」が販売している『ご当地インク』は、宮城県のソウルフードで夏に鮮やかに色づく「ずんだ色」。再現性の高い発色の美しさが目に優しい。

「「限定」にも惹かれましたが、仙台といえば「ずんだ」。パッケージの美味しそうなずんだ餡の色を見て夢中になって通販しました」(ふじいさん)

販売店舗:PAPIERPLATZ(パピアプラッツ)
製品名:彩玉ink 「草加煎餅 -SOKASENBEI-」

販売店舗:PAPIERPLATZ(パピアプラッツ)
製品名:彩玉ink 「草加煎餅 -SOKASENBEI-」


【紙でつながる】をテーマにした埼玉県の文具メーカー「パピアプラッツ」が販売している「彩玉ink」シリーズから、埼玉名物の「草加煎餅 -SOKASENBEI-」カラーのインク。美味しそうな焼き煎餅色が話題となり、人気の一品。

「わたしが新卒で東京の会社で働いていた時の借り上げ社宅が草加にありました。草加の街の中ではあちこちにせんべい屋さんがあって、懐かしくなります」(ふじいさん)

ご当地インク その③ ~土地の風景~

販売店舗:石田文具
製品名:「函館トワイライトブルー」

販売店舗:石田文具
製品名:「函館トワイライトブルー」


北海道の老舗文具店「石田文具」の販売する『ご当地インク』は、世界三大夜景の一つと言われる函館山から見える空と夜景の色をインクで再現したもの。もっとも美しい夜景が見られるという日没後20〜30分のわずかな夕闇の時間を、深みのあるブルーで表現している。

「初めて買った万年筆のインクの本に載っていて、「これをいますぐ買いに行きたい」とまで思ったインク。函館といえば夜景。大学時代2年半を過ごした思い出がどんどん湧き上がってきます」(ふじいさん)

販売店舗:岩手県宮古市
製品名:岩手県宮古市シティカラー「浄土ヶ浜のいいイロ」

販売店舗:岩手県宮古市
製品名:岩手県宮古市シティカラー「浄土ヶ浜のいいイロ」


岩手県宮古市のシティプロモーションの取り組みから生まれたインク。
ふるさと納税で手に入れることができる、珍しい『ご当地インク』でもある。まちのブランドカラーである「浄土ヶ浜エターナルグリーン」は、三陸復興国立公園を代表する景勝地・浄土ヶ浜の輝く海の色をイメージしている。

「いわてのいいイロcolor inkという11色製作されたお店が作ったふるさと納税用のインク。そのインクは現地に行かないと買えないということでまだ憧れ中ですが、こちらは寄付すれば手にできると知り、宮古市を応援する意味も込めてふるさと納税しました」(ふじいさん)

ご当地インク その④ ~歴史上の人物~

販売店舗:ディーズステーショナリー
製品名:万年筆オリジナルインクぎふいろインクシリーズ ボトルインク「信長 緋の風雲児」

販売店舗:ディーズステーショナリー
製品名:万年筆オリジナルインクぎふいろインクシリーズ ボトルインク「信長 緋の風雲児」


岐阜県の文具店「ディーズステーショナリー」が販売している『ご当地インク』は、岐阜にまつわる色をイメージした「ぎふいろインクシリーズ」。「岐阜」という名前を命名し、派手好きで南蛮品を好んだと言われている織田信長が、緋色のマントを颯爽と羽織った姿を想像して作られた、目が醒めるような赤色のインク。

ご当地インク その⑤ ~文学作品~

販売店舗:世界の筆記具ペンハウス
製品名:ボトルインク コトバノイロ「銀河鉄道の夜」

販売店舗:世界の筆記具ペンハウス
製品名:ボトルインク コトバノイロ「銀河鉄道の夜」


「世界の筆記具ペンハウス」のオリジナルブランド「Pent」の手がける「コトバノイロ シリーズ」は、文学作品からインスパイアされた色をインクに落とし込んだ抒情的な色作りが印象深い。「銀河鉄道の夜」からイメージされたという色は、夜空を思わせる深い紺色に。

おわりに

今回は『ご当地インク』の成り立ちに始まり、興味深い様々なテーマの『ご当地インク』をご紹介させていただきました。

かくいう私(with ink.スタッフ)も、『ご当地インク』のことを調べていくうちに、少しずつ集めるようになったので、今後も色々な『ご当地インク』をご紹介できればと思っています。

記事を読んで、お住まいの地域にも「『ご当地インク』がある!」と気づかれた方もいるかもしれません。実際に、近所の文具店に普通に売っていると思っていたものが、実は貴重な『ご当地インク』だったなんてこともよくある話だったり。

この機会に、旅先でも『ご当地インク』を見かけることがあれば、ぜひ手に取ってみてくださいね。

with ink.では、これからも季節に合わせた様々な『ご当地インク』を紹介していきますので、どうぞお楽しみに!