『with Creators』は、イラストや水彩画、カリグラフィーなどさまざまなジャンルで活躍されているクリエイターさんと、作品を通して万年筆やインクの魅力をお伝えする、月に一度の連載コーナーです。
第3回目は、万年筆画家として幅広く活躍されている『古山浩一』さんに、実際に日頃から愛用されている万年筆とインクを使ってイラストを描いていただきました。
これまで万年筆を「画材」として扱う第一人者として、作家C・W・ニコルさんとの共著をはじめ、様々なイラストの描き方を書籍化してきた古山さん。所持している万年筆の本数は、なんと700本以上にも及ぶのだそうです。現在も万年筆とインクで様々な表現技法を追求するかたわら、アトリエで万年筆による絵画教室を開き、万年筆絵画の普及に尽力されています。
目次
使用した万年筆とインクについて
今回古山さんが描いてくださったのは、作品の執筆に万年筆を愛用していたことで知られる5名の作家(コナン・ドイル、アーネスト・ヘミングウェイ、アガサ・クリスティ、太宰治、夏目漱石)の肖像画。作家に対して、それぞれ一本の万年筆と一色のインクを使って描いてくださいました。
作家に合わせて今回古山さんが選んだ万年筆インクは、普段から使われているという『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』『万年筆用ボトルインク 蒼墨(そうぼく)』『万年筆用ボトルインク STORiA MiX』などの顔料インク。
古山さんいわく、日頃から作品を描くときは染料インクではなく、顔料インクを必ず使うようにしているとのこと。長く作品を残したい場合に、日光による退色が少なく経年変化が起こりづらい顔料インクは最良の選択肢になるそうです。
また、古山さんが絵を描くために使用している万年筆は、その多くが一本で細~太線を引くことができる特別に加工されたペン先だそうです。
それでは、実際に描いていただいたそれぞれの肖像画を見ていきましょう。
コナン・ドイルの肖像画
『シャーロック・ホームズ』シリーズで知られるイギリスの作家、コナン・ドイルは、作品執筆のために数々の筆記具を試していたそうです。そんな彼を満足させ、かの有名な名探偵ホームズを生み出す書き心地をもたらしたのが、イギリスの高級筆記具メーカー『PARKER』の万年筆、DUOFOLD(デュオフォールド)でした。
「ペン先を裏返して全体のアタリを取り、口元などのワンポイントで太い線を入れます。特徴でもある髭の先端は、極細の線で描くことで個性を表現しました。色は発色の良い『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』のため、ジャケットは太い線にすることで、表情とメリハリをつけています」(古山さん)
使用した画材(コナン・ドイル)
髭や頭髪に細かな表現が求められるコナン・ドイルの肖像では、顔料インクの中でも特にメリハリのある『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』をセレクト。
アーネスト・ヘミングウェイの肖像画
ノーベル文学賞を受賞した作品『老人と海』を書いたアメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイもまた、万年筆を愛した一人です。中でも『PARKER』社の『PARKER 51』は、自身の使う道具に対して強いこだわりを持っていたヘミングウェイが生涯愛用し続けていた万年筆と言われています。
「特徴的な白い顎髭を描くためには、あまり線を入れすぎないことがポイント。白さを際立たせるためには、反対に顎の下をあえて黒くすると効果的です。最後に太い線でシャツを描き、遠近感を表現しています」(古山さん)
使用した画材(アーネスト・ヘミングウェイ)
ヘミングウェイの白髭を単色で表現するために、コナン・ドイル同様『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』をセレクト。万年筆もヘミングウェイと同様のもの。
アガサ・クリスティの肖像画
『オリエント急行殺人事件』や『そして誰もいなくなった』など、発表した推理小説の多くが世界的なベストセラーとなり「ミステリーの女王」の異名を持つ、アガサ・クリスティ。1920年にデビューした彼女が活躍していた当時は万年筆が筆記用具の主流であり、彼女も執筆に万年筆を愛用していたと言われています。
「女性の肖像は、線を太くすると強い印象を与えてしまうので、影を入れすぎないことがポイント。鼻筋なども描き込みすぎないようにすると優しい表情になります。色も、女性らしくなるように工夫し、『万年筆用ボトルインク STORiA MiX』を3色混ぜ合わせることでセピアカラーを調色しました」(古山さん)
使用した画材(アガサ・クリスティ)
使用したインクは、アガサ・クリスティのミステリアスな佇まいを表現するために『万年筆用ボトルインク STORiA MiX』から、オレンジ、赤、紫の3色を調色し、セピアカラーを再現。
太宰治の肖像画
奥様の美知子夫人がお土産にもらったという『WAHL EVERSHARP(ウォール・エバーシャープ)』の万年筆を執筆に愛用していたと言われる、太宰治。ペン軸が壊れても、ペン先をインクにつけて生涯一本の万年筆を大切に使い続けたというエピソードが残されています。
「デッサンの基本は影から形をとりますが、肖像写真はしっかりとライティングされており、だいたい明暗がありません。そんなときは特徴的な部分から描いていきます。今回は印象的な髪を太めの線で取り、最後に褞袍(どてら)の服の輪郭を最も太い線で描き上げました」(古山さん)
使用した画材(太宰治)
使用したインクは、『万年筆用ボトルインク STORiA MiX』から、緑をそのまま採用し、作家の繊細な性格をイメージできるような表現を目指したそう。
夏目漱石の肖像画
万年筆を愛用した作家の中でも特に有名な夏目漱石は、万年筆にまつわるエピソードをエッセイ「余と万年筆」などに残しています。現在も神奈川近代文学館には、漱石が実際に愛用していた万年筆と同じ『ドゥ・ラ・リュー社』の「オノト」が収蔵されています。
「明暗の特徴がない顔は細めの線で仕上げつつ、わざと髪と髭を黒くしています。万年筆らしいラフな線が出るように、手早く描くことも大切です。また、使用している万年筆は、描いている線の途中でも、ペンをひねればその太さを変えられるため、洋服の襟周りなどに強弱をつけています」(古山さん)
使用した画材(夏目漱石)
内省的で思慮深さを思わせる漱石の印象に合わせ、『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』よりも落ち着いた色合いを検討し、『万年筆用ボトルインク 蒼墨(そうぼく)』を採用。こちらも普段から古山さんが愛用する顔料インクの一つです。
使用した万年筆は、先端を「くの字」に曲げたもので、京都の煤竹に万年筆を仕込んだ、古山さんにとっても思い入れのある特別な一本。
今回の制作を終えて
制作を終えた古山浩一さんに、万年筆と万年筆インクについて、いくつか質問をさせていただきました。
ー今回インクを使ってみた感想はいかがでしたか?
セーラーの『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』は、普段からよく使用しているのでかなり扱いやすかったですね。日頃から作品を描くときは、日光による退色が少なく、経年変化が起こりづらい顔料インクを必ず使うようにしています。
ー今回は作家の肖像画を描いていただきましたが、気をつけた点や意識したことはありましたか?
作家の個性に合わせてインクの色を選んだのですが、発色の良い『万年筆用ボトルインク STORiA MiX』を使うことで、顔料インクならではの調色ができたと思います。作家の肖像画は明暗が少ないこともあり、正直モチーフとしてはとても描きづらかったですが、それぞれの個性を出しつつ、統一感のある表現を目指しました。
ー古山さんの考える、画材としての万年筆の面白さはどこにあると思いますか?
これまで万年筆で絵を描いている画家はいませんでしたが、実際に使ってみると、本当に奥が深い画材であることがわかります。一本あれば、ペン先の傾け方だけで様々な線を引くことができるようになりますので、ぜひ、手近なものや風景などから自分が描きたいと思えるものを探してみて、万年筆絵画の面白さを体験してみてください。
使用したインク/画材(古山浩一さん私物、一部セーラー万年筆提供):
・『万年筆用カートリッジインク 極黒(きわぐろ)』
・『万年筆用ボトルインク 蒼墨(そうぼく)』
・『万年筆用ボトルインク STORiA MiX』
・万年筆はすべて古山浩一さん私物
おわりに
今回は万年筆画家の古山浩一さんに、万年筆を愛用した作家の肖像画を、作家のイメージに合わせた色のインクを使って描いていただきました。
これまでご紹介してきた『with Creatos』の作品は筆を使って描いたものが多かったですが、万年筆の筆致から生まれるインクの幅広い魅力が皆さんに伝われば幸いです。
『with Creators』では、様々なジャンルのクリエイターさんと一緒に、その作品を通して万年筆やインクの魅力をお届けしていきます。次回は2月公開予定ですので、どうぞお楽しみに!